2006年11月17日

裸足で走れ

中島みゆき「裸足で走れ」

1979年のアルバム「親愛なる者へ」の1曲目です。
「親愛なる者へ」は、初期の名盤と呼ばれてますね。

この曲、歌詞が魅力的です。
中島みゆき節全快です。
中島さんが、詩人と呼ばれる所以がよくわかる曲です。

「黙っているのは、卑怯なことだと、おしゃべり男の声がする」
「命があるなら闘うべきだと、おびえた声がする」

「上着を着たまま話をするのは、正気の沙汰ではないらしい」
「脱がせた上着を拾って着るのは、賢いことらしい」

「一人になるのが、恐いなら」
「裸足で、裸足で、ガラスの荒れ地を裸足で突っ走れ」

人間を描いてますね。
人間の心の奥が、じわ〜っと表れてます。

人間の弱さ、醜さをうまく表現されてます。
この「裸足で走れ」は、人間の心がテーマだと思います。

人間の心、そのものは、決して美しいものじゃない!

そんな風に聴こえてきます。


「裸足はいかがと、すすめる奴らに限ってグラスを投げ捨てる」
「ささくれひとつも、つくらぬ指なら、握手もどんなに楽だろう」

「かかとを切り裂く痛みを指さし、心の熱さと人は呼ぶ」
「ここまでおいでと手を振り手招き、背中へガラスを降り注ぐ」

人を疑うと言うこと、人を信用するってこと。
何か、この曲から感じることが出来ます。

そして、人に対する怒りを強く感じます。

人は、いい加減なことを、人に対して言います。
自分のことは、他所に置いといて、人のことを言います。

あ〜すれば良い!こ〜すれば良い!

自分が出来ないこと、しないことを他人には、薦めたりします。
そして、出来ないと「何でこんなことが出来ないの?」とあっさり非難するもんです。
そう言う、自分も出来ないくせに…。

そして、天使の顔をしていても、心の奥では、人の失敗を喜んでいたり。
天使の振りして、近付いて、利用しようとしたり…。

それが、人間の持つ弱さだと、この曲は言ってるような気がします。


「一人になるのが、恐いなら」
「裸足で、裸足で、ガラスの荒れ地を裸足で突っ走れ」

この曲を初めて聞いたのは、中学生の頃かな?
詞の内容、しっかり把握できてなかったと思いますが、強烈な歌詞に釘付けになったことだけは、覚えてます。

大人になって、この「裸足で走れ」の意味、わかりました。

経験ですね。
人間として、人との関わりの中での経験です。

いつの時代になっても変わらない、人間の心の弱さと醜さです。


親愛なる者へ
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
中島みゆき(アーティスト)石川鷹彦(Adapter)福井峻(Adapter)
発売日:2001-03-28
おすすめ度:4.5


ヤマハの音楽ダウンロードサービス『MySound』
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この記事へのコメント
ガラスの荒地という表現私引っかかりました。裸足で走れって題名だけでも影響力のある歌って分かるんですけどガラスの荒地って表現。なぜ,荒地の中身がガラスなのか私にわかりません。。。ただ,凄く励まされたのは事実です。
Posted by ひばり吹雪 at 2007年02月24日 14:21
粉々に砕けきったガラスの破片だらけの荒地ですね。
そこを裸足で走るのです!
改めて歌詞を読むと凄いですね。

ちょっと「宙船」に近い印象もあります。

この頃の曲って、こう言った詞の内容が多かったと思います。
孤独感と生命力を掛け合わせた様な印象があります。
這い蹲ってでも必死に生きる!
そんなイメージがあります。
Posted by 黄色い犬 at 2007年02月24日 23:54
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