2007年04月23日

4.2.3.

中島みゆき「4.2.3.」

1998年のアルバム「わたしの子供になりなさい」の最後に収録されてます。

この曲は、1997年のペルー日本国大使公邸占拠事件をモチーフにしてます。
ペルー特殊部隊が強行突入し人質を解放したのが4月23日。
この曲のタイトル「4.2.3.」は、1997年の4月23日を表したものです。
この記事を書いてる今日が2007年4月23日で、あの事件から丁度10年が経ちました。

「食べていくための仕事にひと休みして私はTVをつけた」
「眠らぬ旅のあれこれを生まれた街で癒そうと試みていた」

「明日にはこの街にも雪がちらつくだろうと」
「季節はずれの天気予報が流れていた」
「明けきった5時半の空に目を細めてチャンネルを変えた」

「中継という文字、そして私の瞳に爆風が噴きつけて来た」
「長い間に見慣れてしまっていた白く平たい石造りの建物から」
「朱色の炎と石くれが噴きあがる瞬間だった」
「ゆらゆらと熱のかげろうはあがり」
「やがて白い煙から土色の煙となって建物から噴き出していた」

「昨日までと今日は違うものなのだと」
「人はふいに思い知らされるのだね」

「蟻のように黒い人影が走り込む」
「身を潜める、這い進む、撃ち放つ」
「どうせTVの中のことだと考えることもできず」
「考えないわけにもいかず」
「ただ私は誰が何を伝えようとしているのか」
「それだけに耳を傾けた、それだけに耳を傾けた」

「大きな救急車が扉を広く開けて待ち構え続けている」
「担架に乗り、肩にかつがれ、白い姿の人々が運び出される」

「日本人が救けられましたと興奮したリポート」
「ディレクターの声もエンジニアの声もいり混じっている」

「人質が手を振っています元気そうです笑顔ですとリポートは続けられている」
「その時ひとかたまりの黒い姿の人々が担架を囲んでとび出して来る」

「リポーターは日本人が手を振っていますとだけ嬉々として語り続ける」
「担架の上には黒く煤けた兵士」

「腕は担架からぶら下がり、足首がグラグラと揺れる」
「兵士の胸元に赤いしみが広がる」
「兵士の肩に彼の銃が、ためらいがちに仲間によって載せられる」
「担架はそれきり全速力でいずこかへと運び出されてゆく」

「日本人が元気に手を振っていますとリポーターは興奮して伝え続ける」
「黒い蟻のようなあの1人の兵士のことはひと言も触れない」
「ひと言も触れない」

「日本人の家族たちを喜ばせるためのリポートは、切れることなく続く」
「しかしあの兵士にも父も母も妻も子もあるのではなかったろうか」
「蟻のように真っ黒に煤けた彼にも」
「真っ黒に煤けた彼にも」

「あの国の人たちの正しさをここにいる私は測り知れない」
「あの国の戦いの正しさをここにいる私は測り知れない」

「しかし見知らぬ日本人の無事を喜ぶ心がある人たちが何故」
「救け出してくれた見知らぬ人には心を払うことがないのだろう」

「この国は危ない」
「何度でも同じあやまちを繰り返すだろう、平和を望むと言いながらも」
「日本と名の付いていないものにならば、いくらだって冷たくなれるのだろう」

「慌てた時に人は正体を顕わすね」
「あの国の中で事件は終わり」
「私の中ではこの国への怖れが、黒い炎を噴きあげはじめた」

「4.2.3.」
「4.2.3.」

「日本人の人質は全員が無事」

「4.2.3.」
「4.2.3.」
「4.2.3.」
「4.2.3.」


10年前のあの事件、中島みゆきさんなりに感じたこと。
強く思ったこと。
その思いやメッセージをまるで心の手紙の様な詞で、語られています。

怒り、恐れ、不安。
当時のマスコミを含めたこの国の対応に対し、中島みゆきさんは問ってます。

「ただ私は誰が何を伝えようとしているのか」
「それだけに耳を傾けた、それだけに耳を傾けた」

↑この詞が、この曲の軸となってます。
この事件の概要とか、国際的な策略についてよりも、まず中島みゆきさんは、「誰が何を伝えようとしているのか」
そこに焦点を絞ってます。
それによってこの曲は、テーマが広がり過ぎず、一つのことに焦点を絞った為に、聞き手は、より痛切に、よりリアルに感じることが出来ます。

この曲は、10分以上もあり、詞の量も異例に長い曲ですが、中島みゆきさんが言いたいことは、実にシンプルです。
何も複雑なことを言っているわけではありません。

「人間性」だと思います。
「人間性」この一言を言いたいのでは!と思います。

その「人間性」を語る上で、当時の事件の実況中継の様なスタイルを取り、リアルに表現し、自分が感じたことをストレートに語ることによって、受け手にしっかりと伝わってきます。

名曲「吹雪」にも通じる曲ですが、「吹雪」では抽象的に語られた詞の内容からすると、この「4.2.3.」は、かなり具体的です。
一見、同じ様なテーマな2曲ですが、スタイルは対照的です。

この「4.2.3」は、未だにコンサートでは、歌われてません。
いつか生で聴いてみたいものです。

わたしの子供になりなさい
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
中島みゆき(アーティスト)瀬尾一三(Adapter)デビッド・キャンベル(Adapter)
発売日:2001-06-20
おすすめ度:4.5



中島みゆき - わたしの子供になりなさい - 4. 2. 3.
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タグ:中島みゆき
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この記事へのコメント
いや〜この歌詞には感動と共感を覚えました。このニュースをRealタイムで見た記憶が無いので分かりませんがまさに同感だと思います。

「日本人の家族たちを喜ばせるためのリポートは、切れることなく続く」
「しかしあの兵士にも父も母も妻も子もあるのではなかったろうか」

この部分には心を打たれました。特に下の部分。中島の詞は表現力もさることながら思ったことを,世間へのMessageを痛切に訴えかける。この辺りは非常に見習わねばと思います。
Posted by ひばり吹雪 at 2007年04月23日 22:40
中島みゆきさんの詞は、絶えず原点を忘れないところにありますね。
この「4.2.3.」は、その時の気持ちを綴ったものだと思います。

初めてこの曲を聴いた時は、鳥肌が立ちました。
Posted by 黄色い犬 at 2007年04月25日 18:33
ふくです、おじゃましてます!

もう、10年も経っていたのですか・・・
早いものですね・・・

初めて聴いたときから、あぁ、これは・・・
と感じるものが、ありました
けれど、ひとつの歌、曲の中に、これほどまでに、コトバとして、表現ができるなんて・・・と、正直、自分も鳥肌が立ちました。
Posted by ふく at 2007年04月29日 05:08
あれから10年です。
以前から、中島みゆきさんのこういったタイプの曲を期待してました。
なので、初めて聴いた時の衝撃は、忘れられません。
Posted by 黄色い犬 at 2007年04月29日 20:21
初めまして、一曲一曲の解説楽しく読ませていただいております。10月18日に初めてコンサートに行き感激してきました。
ただ、この曲の歌詞には、疑問があります。当日同じ画面を見た者として、最初に兵士が運び出された時には、アナウンサーは彼が誰なのか、兵士なのかテロリストなのか現地に向かって尋ねていました。その後情報が入ってこないので、日本人の無事ばかり報道していました。
Posted by aotenjou at 2007年11月08日 16:50
aotenjouさん、はじめまして。
コンサートはやっぱり良いものですね。

この曲は、日本人の助かった情報ばかりを流すことに疑惑を感じる曲ですね。
当日、テレビを見てなかったので確かなことは分かりませんが、日本人が助かればよい!とそれだけの報道に疑問を感じたのでは無いでしょうか?
Posted by 黄色い犬 at 2007年11月11日 17:17
丁寧なレスありがとうございます。再度考えてみたら、4.2.3.はニュースではなく歌なのだから、細かい事にカリカリする必要はなかったですね。海外での事故や事件での「日本人の被害者・・・」の報道が最優先されステレオタイプになっている事への警告と思えば、私も同感です。そこに人がいて苦しんでいたり、傷ついている事への共感を持ち続けたいと思います。
Posted by aotenjou at 2007年11月11日 22:58
いえいえ、ありがとうございます。
そこまで深くあの事件のこと知りませんでした。
実際にあの直後、あの現場に行く機会があって(マチュピチュやクスコ見物を兼ねて)見てきました。
既に何も無かったかのような、すっかり片付けられていて、まるで嘘のようでしたが!
Posted by 黄色い犬 at 2007年11月16日 00:23
そんな事では、無い。みゆきの、言いたい事は、そんな事では無い。死んだ兵士への、命を落として日本人を救った、報いは日本国家は、取れるのか?残された子供、奥さん、家族への責任は、誰が取るのか?日本も、金だけ出せば済む問題では無い。リポーターは、日本人の無事な事だけ伝えた。それで良いのか?真のリポーターと言えるのか?自分が良ければそれで良いのか?失格である。今は何をしている人か解らない。もし、まだ、報道関係に、携わっていたら、辞めろ、今直ぐ辞めろ、真の報道を伝える資格は無い。これは、国家同士の関係とは別だ。人間性の問題である。普通の会社のビジネスマンに成って」、自分の出世だけ考えて生きて行け。そんな人が報道にいたら迷惑だ。真の報道を伝える為に死ぬ人も多い。報道マンとはそうゆう者では無いか?
Posted by 小玉卓 at 2011年01月19日 01:41
報道人だけじゃなく、日本人の心配だけする日本人全員への警鐘じゃねぇの?
ちなみに以降の歴代ペルー駐在日本大使は二人の兵士の墓参りが通例らしいぜ。
Posted by ハル at 2011年02月15日 10:06
わたしの、子供になりなさい、とは、命がけで戦った兵士にあてた。みゆきさんの本音と、思えてならないのは、わたしだけでしょうか?
こんにちは、皆さんのコメント、興味深く拝見させていただきました。
Posted by あたた丸 at 2011年03月03日 12:46
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Excerpt: 少し前までドウ○イだったのに、今ではセッ○スで生活してます(笑)
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Tracked: 2007-06-03 20:34
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